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吉田修一 『湖の女たち』

湖の女たち(新潮文庫)
介護療養施設での老人の変死事件を大きな物語の軸として、事件を捜査する刑事・施設の勤務者・取材する雑誌記者などの視点が併行して描かれる。
視点人物の多面性が特徴的に描かれる作品で、刑事の圭介は家族親戚における一児の父の一面、事件の調査のため本意でない言動も行う一面。介護士の佳代は職場での一面、教師の恋人としての一面。
ふとしたことで関係性が深く絡まる圭介と佳代が、互いに見せ合う一面はどれとも異なる。当然のように同一人格に同居する理性と暴力と欲情。事件の展開が重苦しく迷走していくと共に、当初は保たれていた複数の側面のバランスは崩れていく。どのような形に崩れるのかのリアリティというよりは、崩れる理由付けのリアリティになっており面白い。
真相については個人的にはそう重視する作家や作品ではないという判断だけど、少しこうした一つの結論めいたものを示しがちなのは、吉田修一の昨今の傾向かなと思う。