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森見登美彦 『シャーロック・ホームズの凱旋』

シャーロック・ホームズの凱旋
『小説BOC』連載作品の単行本化。
コナン・ドイルの生み出した名探偵・シャーロック・ホームズとその記録役・ワトソン。森見登美彦はそのオマージュに際して、大胆にも舞台を架空の都市「ヴィクトリア朝京都」に持ち込んだ。寺町通下鴨神社、鴨川、大文字山など森見作品でもお馴染みの場所に、何故かホームズとワトソンなどシリーズの登場人物が自然体で組み込まれる。
森見登美彦はインタビューにおいて「道の名前や場所の距離感までよく知っている京都をミックスした都市を作れば、登場人物たちの暮らしぶりなどをリアルに描けると考えました。」と語る*1。自身のストロングポイントを理解した上で敢えて捨てずに適用する選択をし、それが効果を発揮しているのが素晴らしい。
本書においてホームズはスランプに陥っている。その事件記録を雑誌で発表するワトソンもまた、そのスランプに引き摺られる。このように思い悩む様相には森見登美彦自身の姿と重なる私小説的な面があり面白い。ワトソンを時に厳しく時に優しく叱咤激励する妻・メアリもまた、印象的でありこの物語において重きを成している。
終盤には、この舞台設定にかかる大きな転回と、アクション面での大立ち回りも用意されており、往年の森見作品らしさが漂う。総合的にはやや雌伏の時間が多い面はあるが、そこが現状の森見登美彦の投影のようにも見えて、なかなか趣深い傑作である。