書は言を尽くさず、

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塔晶夫 『虚無への供物』

虚無への供物
3大奇書の一つ。
かつて宝石商として財を築いた氷沼家だが、太平洋戦争・函館大火・洞爺丸沈没事故などの不幸に見舞われ次々と家族を喪っていた。更に、氷沼家の屋敷内での密室での不審死を皮切りに、悲劇が改めて開幕する。
奇書という括りから結構な読み辛さを覚悟の上で読んだところ、存外の読みやすさに驚く。筆致は意外にも柔らかで、軽妙な会話文が多めに配置された文章は、現代においてもリーダビリティの高さを発揮している。
この文体に加えて、洞爺丸沈没事故をはじめとした史実の事件や、江戸川乱歩ヴァン・ダインなどの著作、ドグラ・マグラ黒死館殺人事件ノックスの十戒等のミステリ衒学、流行歌として数々のシャンソン等の時事ネタが作中で登場する。江戸川乱歩曰く「冗談小説」という位置付けなのも頷ける。
主となるのは氷沼家の不審死に対する、関係者らの推理合戦。推理の展開はスピーディでありながら蘊蓄じみた応酬は読者を酔わせる。
正統派推理としても読み応えのある内容である一方で、終章にてとある登場人物が主張する真相はアンチ・ミステリの世界へと誘うものである。戦後15年という時点で既にアンチ・ミステリとしての到達点に既に至っていたことを示しており、これぞ奇書、という感じだろう。