文春文庫版。
福岡で起こった一家四人惨殺事件にて、死刑判決を受けた秋好英明。その男の半生と事件と裁判を描く。
まずは男の生い立ちから本書は始まる。戦時中に満州に生まれ、戦後幼いまま日本に戻り、少年の頃から働き、職と住処を転々とする。流れ流れての人生の中で、一人の女性と出会い、事件の渦中に入り込んでいく。
本書を読み終えて感じたのは、著者は「秋好英明が本当に四人全員を殺したか否か、各種の証拠を並べて読者に判断して欲しい」のではない、という点。
著者はあくまで、「秋好英明は部分冤罪であり死刑の量刑は不当である」と確信しており、「秋好英明を救うために読者に協力して欲しい」のである。
そのため、半生から事件に至るまでのエピソードは三人称で描かれながらも、あくまで秋好目線での描写を崩さない(しかし、サイドエピソードの鬼たる島田荘司が書くものだから、ところどころ強烈な印象を残すが)。
更に裁判のシーンは、部分冤罪を主張するに有効な部分のみを抜粋している(紙幅の事情もあるのだろうが、結果そこが優先したい部分ということだろう)。
このように全く公平なものではないが、本書は公平さを求めるようなものでもない。
読者目線で言うと、引き込まれて読書を満喫できたので、何の問題も無い。
本事件は島田荘司が頻繁に議論の対象とする「死刑問題」と「冤罪問題」が絡むものであり、そこに持論たる「日本人論」と「女性論」を強く滲ませている。一つの集大成であることは間違いない。