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『新本格ミステリはどのようにして生まれてきたのか? 編集者 宇山日出臣 追悼文集』

新本格ミステリはどのようにして生まれてきたのか? 編集者宇山日出臣追悼文集
新本格ミステリの立役者であるカリスマ編集者の没後16年、改めて小説家・漫画家・デザイナーなど縁者からの追悼文を募るとともに、御通夜・告別式での島田荘司綾辻行人の弔辞、新たに設けた綾辻行人法月綸太郎我孫子武丸麻耶雄嵩の京大ミス研座談会、巽昌章千街晶之佳多山大地の批評家座談会、過去の宇山氏本人のエッセイの再録、『メフィスト』編集部OBの座談会、メフィスト賞黎明期の『メフィスト』編集者座談会の再録、講談社ミステリーランドの企画書などが収録されている。

その賞賛されるべき事績により、各追悼文が新本格ミステリ・メフィスト賞ミステリーランドなどのミステリシーンにおけるエポックメイキングを辿る史料のようになっている。世にも珍しい編集者に向けての追悼文集の商業出版だが、その価値やニーズは充分にあると感じられる。
読み進めていくと、本人の親しみやすさと厳しさが同居する人柄や、酒好き・変な小説好き・他社の出版社に厳しいなど人間味がある人物像が形作られていく。頻出する奥様(本文中の表記揺れがあって慶子さんなのか三代さんなのかよく分からないのだが、片方はペンネームか何かなのだろうか。夫婦別姓で三代慶子っていう叙述トリック?)おのエピソードから、夫婦の仲睦まじさと作家たちとの家族ぐるみの付き合いの深さが窺える。
没後16年を経て行うことについては、どうやら時を経る意義というよりも、星海社太田が内田康夫の死により「話は聞けるうちに聞いて編んでおかねば」というもの。結果としてその歳月が、悲哀と惜別だけでなく愉しい思い出も含めて幅広く語られている印象はある。

つくづく何度も思ったのは、『虚無への供物』を読んでおいてよかったということ。別に本書のネタバレがある訳ではない。『虚無への供物』の文庫化のために三井物産から講談社に転職し、3年がかりで文庫にしたのが宇山氏ということで、その功績の重みを理解した上でこの追悼文集を読めたのが、幸せだったと思っている。

各追悼文は、作家の特色が出て面白い。
島田荘司の自分が言いたいけど本当は余計なこと(宇山氏についてでなく、他の周りのこと)まで書いてしまう癖、真面目な貫井徳郎から見た変な小説な好きな宇山氏の変なエピソードや、法月綸太郎の批評家寄りのアプローチとか、麻耶雄嵩のどうしてもユーモラスになるキノコの件の可笑しさなど。一番好きなのは、歌野晶午校閲の仕事を依頼した件とその宇山氏の狙いについて。

講談社ミステリーランドのレーベル立ち上げが最後の氏の仕事。本書内の座談会等で、何度か麻耶雄嵩の『神様ゲーム』がとんでもない、邪悪、トラウマ本等と評され、まあその評に異論はないけれども、とんでもなさで本当にインパクトが自分の中に残っているのは一発目の『透明人間の納屋』だったなぁと。

メフィスト編集部OBの座談会は、出版社社内のリアルな宇山氏の姿が見えて面白い。どうしても賛辞に傾きがちな(そうでもないのも多いが)追悼文とのバランスが良い。

あと個人的には、批評家座談会にて千街晶之が立教ミステリクラブ出身と自分で語っている点が印象に残った。先輩から教えられて知っていたが、あんまり公言していないと聞いていた。改めて口にされ、大学の頃の話など語っていると、まったく被ってはいないものの後輩としてなかなか親近感が沸くものだなぁと。