書は言を尽くさず、

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吉田修一 『国宝』

国宝 (上) 青春篇 (朝日文庫)
国宝下花道篇 (朝日文庫)
朝日新聞連載作品の単行本化。
任侠一家の一人息子である喜久雄が、数奇な運命から歌舞伎役者の女形として大成していく様を上下巻で大河的に描かれる。
全編通じて特徴的な部分として、丁寧語による語り口調が挙げられる。すべて神の視点から登場人物の心理や真相につき見通した上で、過去を回想するような言い回し。この超然とした謎の語り手が、歌舞伎の歴史伝統の深みと神聖さを演出するようである。
一方でそれを演じる喜久雄ら歌舞伎役者は等身大の人間であり、その日常と所作に重きを置いて描くのは流石吉田修一というところ。
周囲の人間を不幸にして自分の歌舞伎を向上させる。自身は決して望まぬながら、何故かそのような結果ばかりが喜久雄を取り巻く。下巻はその集中系であり、何の因果か解らぬそれは、まさに神の存在や与えられた運命すら感じるほどでもある。
なお、本書の中で最も印象に残った一文は「女形というのは男が女を真似るのではなく、男がいったん女に化けて、その女をも脱ぎ去ったあとに残る形であると。とすれば、化けた女をも脱ぎ去った跡はまさにからっぽであるはずなのでございます。」というもの。またこれが喜久雄の生き様や人生の終盤にも重なり、本書のテーマのようなものかもしれないと感じる。