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古川日出男 『沈黙/アビシニアン』

沈黙/アビシニアン (角川文庫)
古川日出男の二作目、三作目を合本。
各編の感想に移る前に古川日出男の文章について。一文一文について「豊潤」という言い回しが相応しい、多様な語彙を駆使した丁寧さ・細微さが見られる。適当に読み飛ばすことを拒否するような力強さを持つ豊饒さ。読み手に満足感を与えるが、同時に疲弊もさせる。

「沈黙」は、ある‘音楽’についての歴史と、それを追求する人々についての大河的な物語。記述は極めて俯瞰的であるにもかかわらず、‘音楽’に関しては理性と感性が交錯した筆致が見られる。真相については見当がつきそうなものではあるが、周到な組み立て方が素晴らしい。

「アビシニアン」は一方で、‘言葉’についての物語。主人公・ヒロインそれぞれの思考と互いに交わす言葉には、観念的な物言いが随所に含まれている。しかし、地に足の着いた恋愛小説であることは間違いない。

両編とも途中の展開や結末でのサプライズは弱いが、読みどころがそもそもそこにはないのだろう。物語に……もっと端的に言えば‘文章’に酔おう。