書は言を尽くさず、

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森見登美彦 『有頂天家族』

有頂天家族

先生は私が恋文を盗み読んだことを先刻御承知であり、私は先生がそのことを先刻御承知であることを先刻御承知である。今宵に限ったことでなく、これまでの長いやり取りの積み重ねを通して、互いの先刻御承知が入り乱れている。けれども先生はそれを踏まえて喋ろうとはしないし、私も「ぶっちゃけ」はせぬ。師弟たるもの、迂闊に肝胆相照らすわけにはいかないのである。

著者の作品にはなかなか外れがない。
著者としてはいつも通り京都を舞台で、家族愛をテーマとする一作。師弟の絆、兄弟の信頼関係、とある女性への思慕、親族間での政治闘争やそれに基づく小競り合い等々が軽妙洒脱な文体で描かれる。
だがしかし森見登美彦らしい捻りが加えられており、主人公ら眷族は一同すべて狸であり、師匠は天狗なわけである。著者の照れ隠しにも思えるこのファンタジー的な設定は、意外にも作品全体に哀愁を漂わせ、終盤のスラップスティック風な怒涛の展開にも一役買っている。
結末の丁寧な収束のさせ方にも好感を覚える。傑作。